WCF Game 7のリキャップで、僕は「総合力のスパーズ」と書きました。二桁得点者7人で勝った、あの試合の印象そのままに。でも、ファイナルを前にスパーズのプレーオフ18試合を数字で洗い直してみたら、ちょっと違う顔が見えてきたんです。
2026年6月3日(米国時間)開幕のNBAファイナルは、スパーズ対ニックス(Spurs vs Knicks)。スパーズは2014年の優勝以来、12年ぶりのファイナルです。前回のニックス戦力分析では「誰が出ても相手のオープン3を32%に抑えるシステム守備」を取り上げましたが、今日はその裏返し。スパーズの強さが、Victor Wembanyama 一人にどれだけ集中しているか、という話です。
今日の主役は「+17.3」[1]。Wembyがコートにいる時の、チームのネットレーティング(攻守を合わせた、100回攻めて何点上回るかの指標)です。彼がベンチに下がると、これが-0.3まで落ちる。つまりスパーズは、Wembyが出ている時間は+17.3の強豪、いない時間はほぼ五分のチーム。「別のチームになる」とは、こういう意味なんです。
WCFのスパーズは確かに総合力で勝ちました。G7はCastle・Fox・Harper・Johnson・Vassell・Champagnie・Wembyと二桁得点者が7人。誰か一人が止められても、別の誰かが返す。あの戦い方は本物でした。
ただ、シリーズ単位ではなくプレーオフ18試合全体(1回戦4-1、準決勝4-2、WCF4-3)で均してみると、見え方が変わります。チーム全体のネットレーティングは+10.4。これはニックスの+6.5を上回る立派な数字です。でも、その+10.4がどの時間帯に生まれているかを分けると、ほぼ全部がWembyの出場中に集中している。これが「+17.3 / -0.3」の意味です。
Wembyは今シーズン、史上初の満票DPOY(最優秀守備選手・100票すべてが1位票)に選ばれました[2]。22歳での受賞は史上最年少。WCFでもMVP(Magic Johnson Trophy)を獲っています。チームの数字が彼に集中するのは、ある意味で当然なんです。
ネットレーティングの「ON / OFF」は、その選手がコートにいる時といない時で、チームがどれだけ変わるかを見る数字です。スパーズのWembyは、ここの落差が極端に大きい。
もっと極端なのがWCFの7試合だけを切り出した数字で、Wembyがいる時は+6.1、いない時は-60.3まで落ちています。さすがにこれはWembyがベンチに下がる時間自体が短くて、たまたま悪い数分が混じった影響も大きいので、額面通りには受け取れません。それでも「Wembyが座ると一気に苦しくなる」傾向は、プレーオフ全体の-0.3とも一致しています。
ここで少し僕の話を。ミニバスのコーチを3年やっていると、「エースが出ている時間だけ強いチーム」というのを、毎年のように見ます。その子がコートにいる5分は別世界、ベンチに下がった3分で一気に追いつかれる。子どもの試合でも、本当にはっきり出る現象なんです。
スパーズの「+17.3 → -0.3」は、まさにこれのNBA版。Wembyという規格外の選手が一人いるから+17.3まで行くけれど、彼が休む時間は別のチームになる。これは弱点でもあり、同時に「Wembyを出し続ければ勝てる」というシンプルな強みでもあるんです。
対して前回見たニックスは、誰が出ても相手のオープン3を32%に抑える。エース依存じゃなくて、システム依存。3年コーチをやってきた実感として、長いシリーズで本当に怖いのは後者です。でも、Wembyほどの選手がいるなら、前者のやり方でも7試合を勝ち切れるかもしれない。「個人で+17.3のスパーズ」と「システムで32%のニックス」、どちらの設計が7戦を制するか。ここがファイナルの一番面白いところだと思っています。
Wembyの守備は、数字でも別格です。準決勝Game 1では1試合12ブロック。これはプレーオフの単一試合では史上最多で、長年の記録だった10本(Mark Eaton・Hakeem Olajuwon・Andrew Bynum)を更新しました。リムを守るという一点で、彼はシリーズの設計図を一人で書き換えられる選手なんです。
とはいえ、スパーズはWembyだけのチームではありません。ファイナルでニックスの「オープン3を打たせない守備」とぶつかった時、鍵を握るのがJulian Champagnieです。
彼のプレーオフのシュートは、なんと78%が3P。しかもキャッチ&シュート(味方のパスを受けてすぐ打つ形)に限ると成功率は約50%。完全に「3Pを打って当てる」専門職です。WCF G7では20点のうち18点が3P(3P 6/9)と爆発しました。
思い出してほしいのが、レギュラーシーズンの大晦日(2025/12/31)の直接対決。スパーズが134-132で競り勝ったこの試合は、Champagnieがキャリアハイ36点・3P 11本(フランチャイズ記録)で撃ち合いを制したものでした(ただしWembyは脚を痛めて24分で退場しています)。一方、12月のNBAカップ決勝ではニックスが124-113でスパーズを下して優勝。今シーズンの直接対決は痛み分けで、ニックスはWemby攻略の経験も持っています。
つまりこのファイナルは、「オープン3を打たせないニックス守備 vs オープン3を打って当てるスパーズ(特にChampagnie)」という、矛と盾の構図でもあります。前回のニックス分析で「相手の3Pが入らない32%」を見ましたが、その盾を最初に叩くのが、12本決めた実績のあるChampagnieの3P、というわけです。
では、Game 1で具体的に何を見るか。一番は「Wembyがベンチに下がる数分間のスコア」です。+17.3 / -0.3 が本物なら、彼が休む時間にニックスが点差を一気に詰める、あるいは突き放す場面が必ず来る。そこでスパーズの控え陣が踏ん張れるかが、シリーズ全体のトーンを決めます。
二つ目は休養差。スパーズはG7まで7試合フルに戦って中2日、ニックスはスイープで中9日。Wembyの出場時間を支えるスタミナが、わずか2日の休みでどこまで戻るか。第4クォーターのWembyの動きの重さは、テレビ越しでも分かるはずです。
三つ目はChampagnieの最初の3P。これが入れば、ニックスの32%守備に最初のヒビが入る。外れ続ければ、スパーズは攻撃をWemby一人に頼らざるを得なくなり、+17.3を支える「もう一つの顔」が消えます。
もう一つ、このシリーズには時代の文脈もあります。以前の記事でも触れましたが、NBAは2018-19シーズンを最後に、連覇チームが生まれていません。今年も2025年王者のサンダーがWCFでこのスパーズに倒れ、連覇の壁は誰も超えられないままです。残ったのは12年ぶりのスパーズと、27年ぶりのニックス。どちらが勝っても「久しぶりの顔」の王者が生まれる。Wembyひとりに+17.3を託すスパーズの戦い方が、この“連覇なき時代”に新しい起点を作れるのか。そんな目で見ると、面白さが増します。
+17.3と-0.3。この2つの数字を頭の片隅に置いて、Wembyがベンチに下がる時間帯を眺めてみてください。スパーズというチームの設計図が、そこに全部出ます。ティップオフは、もうすぐです。
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